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カナダでスノーボードとコーチング

カナダコーチング学から学んだこと、現場でのコーチング経験を通して感じたこと、そしてスノーボードあれこれについて発信していきます。

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プロフィール

高石周(Shu)

Author:高石周(Shu)
カナダ(ウィスラー)でスノーボードコーチとして活動しています。
主にコーチングとスノーボードについて自分が学び感じたこと、またウィスラーの現地情報を発信していきます。
子供の育成に関連した情報もアップしていきます。


[スポンサー/所属]
 
・VOLKL スノーボード
・FLUX バインディング
・CROSS5 スノーボードブーツ
・WEST BEACH スノーボードウェア
・Whistler Gymnastics
・Whistler Youth Soccer Club


[資格]

* スノーボード
- CSCP Basic Coach
- CSCP Comp Intro Coach
- CSCP Comp Dev Coach
- CASI Level 2 Instructor
- Canada~Snowboard Judges Level 1 Officials

* スポーツ心理
- NSCA Exercise and Sports Psychology

* ジムナスティック(体操)
- NCCP Gymnastics Foundations Part 2 Theory
- NCCP Gymnastics Foundations Part 3 Artistic
- NCCP Gymnastics Foundation Part 3 Trampoline

* NCCP(ナショナルコーチングサーティフィケイトプログラム)
- Part A
- Part B
- Make Ethical Decisions

* サッカー
- NCCP Soccer Community Coach Children
- NCCP Soccer Community Coach Youth

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2011.07
23
2011年7月22日 19:39 (時事通信)

世界で通用する人材育成を=国際人養成事業がスタート-JOC

日本オリンピック委員会JOC)は22日、「国際人養成事業」の開講式を東京都内で開いた。日本スポーツ界の国際化を進め、日本の発言力を高めるのが狙い。
各競技団体の事務局職員や関係者20人が出席した。

具体的には、23日から10月30日までの週末を中心に、関係者を対象に専任講師が授業を行う。
国際スポーツ組織の基礎知識や民族性を踏まえた外国人との付き合い方外国語を使ってのコミュニケーションなど、内容は幅広い。

全日本スキー連盟顧問でノルディック複合団体五輪金メダリストの荻原健司氏は、「今回の受講生の使命は(東京都が立候補した)2020年夏季五輪招致に貢献すること。いい機会なのでもう一度勉強したい」と意気込みを語った。




まず、やっぱり日本人は「発言力が弱い」って分かってるんですね。
しかし今頃になってやっとですか?って感じですね。
よくこの時代までやってこれたなあと感心します。
悪い意味でもあるかもしれませんが、良い意味でも不器用なりに世界でやってきたということです。

言葉が通じなくても世界と戦ってきた選手たちは本当に素晴らしい。
しかしサポートする立場の人が「発言力がない」は確かに悲しい話です。
今回はわずか20名の参加と言うことですが、もっとこれらサポートする人達へのサポートが広がっていかなければいけないと思います。
海外へ遠征に行って、サポートするはずの人間が英語ができない。
逆に個人で海外へ遠征を重ねている選手の方が英語を話せたりして、現地の用事は全て自分で済ませる。
こんなことが起きてたとしたらサポートの意味はありません。




以下は脳科学者「茂木健一郎」さんのTwitterより。
英語に関連したものを並べてみました。
どう思いますか?


英語の「ネイティブ」であるということについての、連続ツイート

ネヴ(1)ぼくは「ネイティヴ」という言葉が嫌いだ。「ネイティヴ」チェックという言葉を聞くと、「ざけんじゃねえ」と思う。たかが、母語が英語だからと言って、なんで威張ってやがるんだよ、と思う。英語をやるのは必要だけど、別に英語にひれ伏しているわけではないのです。

ネヴ(2)駒場の2年だった時に、英語のゲイター先生と激論になったことがあった。「ぼくはこの表現がいいと思う」と言ったら、ゲイター先生が「こっちの方がいい」と言う。譲らずにばあばあ言っていたら、最後にゲイター先生が「ぼくはネイティヴだから正しいのだ!」と言った。

ネヴ(3)「ネイティヴの方が正しい」というのは殆どトートロジーのようなもので、まあたいていの場合そうなんだろうけど、だからと言って大したことではない。英語を学ぶというと、ネイティヴの方が偉そうだけど、別にそんなに偉いわけではない。ぼくは以前からそう思っている。

ネヴ(4)コンラッドやナボコフのように、英語を母語とはしない人が英語で作品を書く「亡命作家」のケースがある。彼らの英語は「ネイティヴ」の英語とは少し違うけれども、独自の読み味がある。それはそれで素晴らしいのであって、日本人がそれを目指してもいいのである。

ネヴ(5)私が英語による「直接性」の原理を主張しているのは、別に英語が偉いからでも、ネイティヴが偉いからでもなく、世界のcreative classの共通言語が英語だからそうするしか仕方がないから。文化の最先端がそこにある。だったら、ぐずぐず言わず飛び込むしかない。

ネヴ(6)英語を使えることと、中身の鍛錬は別である。学部生だった頃、英語はペラペラだが中身のない人を「air head」と言ってバカにしていた。中身も稠密に詰まっていて、英語を駆使できないと、人類文明の先端にいられない。繰り返すが、ネイティブが偉いわけではない。

ネヴ(7)「中身」を鍛えるという意味でも、英語力は欠かせない。科学論文がほとんど英語で書かれているのはもちろん、概念的な進化(とりわけネット関係)も英語でなされる。英語を空気のように吸っていないと、取り残される。繰り返すが、ネイティブが偉いわけではない。

ネヴ(8)だから、私は、世の英語万能論者とは、少し違う視点から英語を見ているのかもしれない。「ヘイ、チェックイトアウト! ヒヤズレイテストニューズフロムハリウッド!」なんてバカなネイティブ外人が言うような、ああいう英語をやろうと言っているわけでは決してない。

ネヴ(9)あとね、ネイティヴの人って、みんなどこか油断しているんだよ。そりゃそうだ。自分が子どもの頃から喋っている言葉を、世界中の人が必死に学んでくれるんだから。「ネイティヴ・ブラインドネス」がある。だから、繰り返しになるけど、別にネイティブが偉いわけではありません。




日本人の英語についての連続ツイート

英能(1)英語の試験にTOEICというのがある。何回も受験して満点の990点を取っているという猛者もいる。ところが、TOEICで高い点数をとっているからといって、必ずしもコミュニケーション能力が高いとは限らない。実際、使いものにならないという現場の証言をたくさん聞く。

英能(2)かつて、日本において求められている英語の能力は、「翻訳能力」だった。明治以来学問を輸入して、「和製漢語」を作った先人たちの創造性。京都大学の入試は、未だに英文和訳中心。大学は「文明の配電盤」だった。

英能(3)しかし、今や「直接性の原理」が支配する。ネットの普及によって、大量の英語情報が世界を駆けめぐる。その中で、英語を受け止め英語で発信する、直接的な能力が必要となる。いわゆる「試験」では、その能力を評価することはできない。

英能(4)先日、オーストラリア大使館で日本の若者の国際化について議論していた時に、英語の能力の評価はどうすれば良いのだろう、と思った。TOEICのような試験では足りない。それで、活動ベースの評価、というものを思いついた。

英能(5)その人が英語で発信しているツイッター、ブログや、英語で喋っているyoutubeなどの動画、これまで読んできた英語の本、英語の話者と喋ってきた経験知などのプロフィールに基づいて英語能力を評価する。紙試験よりも、むしろ正確に把握できるのではないか。

英能(6)日本全体を見ると、相変わらずの「輸入文化」の国で、英語で直接やりとりするという活動時間が圧倒的に少ない。TOEICなどの検定試験は、かえって日本人の英語を矮小化する。そのスコア以外に評価の基準を持たない企業は、結局普段から英語を使いこなしていない。

英能(7)結局、日本人の英語は、ボールというのはこう蹴るんだ、ポジション取りはこうするんだ、などと理屈ばかりやっていて、一向にピッチの上に立たないサッカー選手のようなものだろう。早くピッチの上に立って、走り始めればいいのに。

英能(8)オーストラリア大使館でのスピーチ( http://t.co/VVNLyO4)でも言ったように、輸入学問でやってきた日本の教育機関に、英語のピッチに立つノウハウを伝授することは期待できない。自分の努力で、英語でのパスのやり取りを続けていくしかないのだ。

英能(9)もっとも、英語圏に行くのが解決だとは思えない。日本の求心力が高まらない。本当は、英語で発信し、英語のピッチに立っている人たちがある程度の数、量いるといいのだけれど。東京を直接性の原理に基づく文化中心にすることを夢見て、今日もささやかな努力をする。




英語についての態度を決める時には、まずは、世界には数千の言語があるという事実を、よく頭の中で転がした方がいい。そんな人たちが混じり合う現場では、かろうじて英語でつながるのが、実際的な解決法なのだと。ネイティヴも英語も偉くないけど、たまたま英語がそうなっちゃったんだよね。




だからさ、英語をやってもしょうがないとか、英語の前に日本語だとかうんぬん言う人は、結局「現場」に立っていないんだと思う。スワヒリ語とか、ベトナム語とか、オランダ語とか、いろいろな人がわーっといる現場で、かろうじて意を通じようとしたら、英語しかないんだよ。それだけのこと。




世界には数千の言語があって、ぜんぶには絶対対応しきれない。ぼくが一番美しいと思うのは、ヘンな言語をしゃべるどうしが、それぞれ片言の英語で通じ合うとき。lingua francaとしての英語は、その時に一番輝くんじゃないかな。




地球のいろいろな場所にいるさまざまな人が、お互いに協力しあう。通じ合う。それ以外のことに、あまり興味を持てないかも。どんなに洗練された日本語表現でも、それが国内のことである限り、そこにはもう風が吹いていない。


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