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カナダでスノーボードとコーチング

カナダコーチング学から学んだこと、現場でのコーチング経験を通して感じたこと、そしてスノーボードあれこれについて発信していきます。

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プロフィール

高石周(Shu)

Author:高石周(Shu)
カナダ(ウィスラー)でスノーボードコーチとして活動しています。
主にコーチングとスノーボードについて自分が学び感じたこと、またウィスラーの現地情報を発信していきます。
子供の育成に関連した情報もアップしていきます。


[スポンサー/所属]
 
・VOLKL スノーボード
・FLUX バインディング
・CROSS5 スノーボードブーツ
・WEST BEACH スノーボードウェア
・Whistler Gymnastics
・Whistler Youth Soccer Club


[資格]

* スノーボード
- CSCP Basic Coach
- CSCP Comp Intro Coach
- CSCP Comp Dev Coach
- CASI Level 2 Instructor
- Canada~Snowboard Judges Level 1 Officials

* スポーツ心理
- NSCA Exercise and Sports Psychology

* ジムナスティック(体操)
- NCCP Gymnastics Foundations Part 2 Theory
- NCCP Gymnastics Foundations Part 3 Artistic
- NCCP Gymnastics Foundation Part 3 Trampoline

* NCCP(ナショナルコーチングサーティフィケイトプログラム)
- Part A
- Part B
- Make Ethical Decisions

* サッカー
- NCCP Soccer Community Coach Children
- NCCP Soccer Community Coach Youth

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2012.10
31
IPS細胞を発見したことによるノーベル賞を受賞した日本の山中教授はもう有名ですね。
同時にこの方「ジョン・ガードン」教授もノーベル賞を受賞しました。
互いに互いがいなければ受賞はなかったという関係だそうです。

今回はそのジョン・ガードン教授の学生時代のエピソードを紹介しましょう。

jon gardon


科学者の道「ばかげてる」 受賞決定者、通知表で酷評

科学者を目指すのはばかげた考え-。英メディアは9日、山中伸弥京都大教授(50)と共に2012年ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった英ケンブリッジ大のジョン・ガードン名誉教授(79)が、15歳当時通っていた英名門のイートン校の通知表で酷評されていたと伝えた。

「破滅的な学期だった」のひと言で始まる1949年夏学期の通知表で担当教師は、ガードン氏の学業について「満足するには程遠く、リポートの中には50点中2点というものもあった」と指摘。「(教師の)言うことを聞かず、自分のやり方に固執する」とした。

将来の道も「科学者を目指すと承知しているが、ばかげた考えだ。本人にとっても教える側にとっても完全な時間の無駄」と書き、通知表を締めくくった。

この年のガードン氏の生物学の成績は250人中、最下位




後になって聞くから「やっぱり偉業を達成する人は昔から特殊だったんだなあ」なんて言いますが、その当時では誰もが彼を否定していたはずです。
現在の皆さんの周囲を見てください。
また学生時代を思い出してください。
決められたことを決められたようにできない、しかし何か一つのことについては非常に熱心で、その分そのことについて非常に詳しい。
よくよく話を聞いてみるととてもユニークな考え方をしていて、明らかに自分で練りだした教わっていない方法だったりします。
こんな人いますよね?

自分の学生時代にもいました。
こういうタイプの子供はよくイジメの対象になってましたが、自分はこんな彼らが好きでした。
明らかにみんなと違う「スペシャル」な人間というのが輝いて見えたからです。
話していても噛みあわないことは多々ありながら、その発想の面白さが刺激的なんです。

田舎の町の話ですから、そんなスペシャルな友人たちはおそらく十分なサポートも受けられず、その才能は活かし切れてない人生を送っているようです。
非常に残念です。
好きなことを見つけて、そのことに没頭することができれば、ぜったい何かの専門家になってるはずですから。




好きなことに没頭している人は、まず「興味」を超えて「意志」のレベルに上がってますし、その意思が強いほど「努力」を惜しまず、それでやっていくという「覚悟」のようなものを持っています

またメンタル的には子供が遊びに夢中になっている状態と同じく「無心」で一つのことに取り組んでいます。
この「無心」の状態は最高のパフォーマンスを発揮する、リラクゼーションサイキングアップの緊張状態の均衡が取れている最高の状態です。
この影響で「集中力」は最高の状態で保たれます。

脳科学的には、「好きなこと」に取り組むことで学習効率が最高レベルに達しています。
脳は自ら物事を吸収するスペースを作り、どんどんメモリー内に情報を入れていきます。
さらにガードン氏が先生の言うことを聞かない状態とは、情報を入れた後にその情報を自分なりに整理して、自分なりに解釈しようとしているということです。
この時ガードン氏の脳内では、脳神経同志がどんどん伸びながら脳に入ってきた情報をつなげる独自回路を作り上げています。
先生は情報を与え、その情報の整理(物の解釈法)も先生の考えるように教えたかったのでしょう。
しかしガードン氏は自分の脳神経の回路は自分で作りたかったのです。
先生のような脳神経の回路を作ることには抵抗があったのです。

しかし自分の脳神経のシステムを自分で作るということは、同じことを頭を捻りながら繰り返しそのことを考える(反復学習する)ので、その回路の神経同志を非常に強固につなぐことになり非常に重要なことです。
最新の研究では、人に教えられた時よりも自分で考え自分で答えを見つけたときの方がより多くのドーパミンが脳内で放出され、その量が多ければ多いほどその直前にした行動を記憶し、また繰り返したくなると考えられているそうですよ。
正にガードン氏と同じです!

更に自分で答えを導き出すことを何度も経験することで得る「自信」も大いに効果として期待できます。




このように子供(生徒、選手)が何か「好きなこと」に没頭し始めたら、時間が許す限りできるだけ好きなようにやらせてあげると良いでしょう。
もし彼らが脳回路を作り上げる過程で何かを聞いてきたら、アドバイスはシンプルに。

これは運動でも同じです。
何か「分かってきた!」とか「つかんだかも?!」なんていう時は、何も言わずにどんどんやらせてみましょう。

彼らが自ら独自の脳回路を構築しているのを邪魔してはいけません。




このように一つのことにしか強い集中を見せない子供(生徒、選手)には、その先のバランスの悪さを心配してしまいます。
確かにそのままでは世の中の流れに対応できない人間が出来上がる可能性は高いです。
しかし、その「大好きなこと」を通して(関連付けて)その他の必須となるスキルや知識を教えてあげれば、逆にこれは非常に効率の良い「学び」となります。

例:

① サッカー大好き。でも勉強は全く興味なし。。。
サッカーの本を読ませる
サッカーの日記、作戦、練習法を書かせる
サッカーの状況を使って計算させる
サッカーチームで役割を与えて、自分でリーダーシップを取らせたりプレゼンさせる

②歴史が好きだけど、ほかの科目に興味なし。。。
歴史上に出てくる人物が何に興味を持って偉人となったのか調べさせて書かせる
どうしたら自分が憧れの偉人のようになれるのか考えさせ書き出させる
調べたことを自分なりにまとめさせて簡単なプレゼンをさせてみる


このように「練習、トレーニング、勉強は、実戦的(実用的)でなければいけない」のです。


もちろんこういったことを実践させる前に、その子供(生徒、選手)の脳回路システムを十分理解してあげないといけません。
どんな経路をたどって答えを導き出そうとしているのか、それをしっかり理解して、更にその彼らが作った神経回路(経路)をそのまま尊重してあげると良いでしょう。
加えて急ぐことはできません。
辛抱強く、人の倍以上時間が掛かったとしても、最終的にはいずれ強い脳回路を構築することになると信じましょう。
急がせることで「楽しいもの」にできるはずのものが、どんどん「嫌いなもの」になっていきます。
つまり「意志」や「努力」につながるはずだった「興味」は失せていき、メンタルの緊張状態はバランスを崩し、更に「自発性」を失った脳内では、せっかく用意したメモリースペースを自ら失くします。



とにかく「強烈に好きなこと」を持っているということは、そのことにおいて絶対的に最高の学びの状態であり、必ず高いレベルの習得を実現させます。
ですからこれを減速させるような言動は絶対に控えるべきなのです。



ガードン氏以外にも、自分で見つけたことに没頭しドロップアウトした著名人は多いですね。
マイクロソフトのビルゲイツ氏は大学中退です。
もう亡くなられたアップルコンピューターのスティーブジョブス氏も大学中退で、さらに自分の考えを曲げずに自分の考えるままに商品を作り上げてきました。
古くは織田信長。
信長も「うつけもの」と言われ続けながら、好きなように遊びほうける中で、自分の興味のあることをどんどん吸収し、誰にも邪魔されず自分独自の脳回路を作り上げたはずです。



さて、久しぶりに脳科学者の茂木健一郎さんのTwitterから、今回のテーマに沿うであろうものをご紹介しましょう。


「ばか」についての連続ツイート

ばか(1)
集英社の助川さんと、小説というものはばかでないと書けないという話になった。それは実際そうなのであって、夏目漱石は恐ろしく賢い人だったが、賢かったから小説が書けたのではない。ばかな部分で文豪になったのである。

ばか(2)
漱石がばかでなければ、友人にゆずったはずの女にまた情を戻して、あげくの果てに親から勘当される『それから』のような小説が書けるはずがない。当代きっての俊才、夏目漱石の中に、はあはあ息をはずませているばかな動物が一匹いた。その動物が、歴史に残る小説を書かせた。

ばか(3)
漱石の孫の房之介さんとお話した時に、漱石はだんだんばかになっていく人生でした、と合点した。ばかになる人生。降りていく人生。創造者というものは、そうでなければならぬ。おおいにばかになるがよい。

ばか(4)
小林秀雄が「ぼくはばかだから反省などしない」と言ったのも立派なばか道である。利巧なやつは、文脈に適応しようとする。だから正解を見つけるのはうまいが、それで終わり。ばかは文脈を壊す。そもそも、評価関数や最適化なんてことはないのだ。

ばか(5)
アインシュタインもばかだった。教授のことを尊敬せずに、「〜さん」と呼んでいたものだから、大学に職をもらえなかった。級友たちはみな大学に残った。家庭教師をして、特許局で町の発明家の話を聞いた。適応などしなかった。ばかだった。だから、相対性理論を作れた。

ばか(6)
テストの点数がいいということは、その文脈に適応しているということだから、お利巧さんではあるのだろうけど、天才的なことを成し遂げるばかではない。ばかであるのは一つの才能だが、それは、文脈適応の秀才と関係ない。ばか求む。しかし、ばかは試験で選抜できぬ。

ばか(7)
友人などでも、こいつは賢い、というところで感心するが、そいつを愛するのはばかな点においてである。こいつ、こんな向こう見ずなことやりやがって、転びやがって、ばかだな、と思った瞬間に生涯の友になっている。だから、ばかなことを一緒にやって意気投合しなくちゃ。

ばか(8)
利巧な秀才は何重にも予防線を張って何歳で天下りして、などと計算する。ばかは無防備である。何も考えていない。ただ、衝動がある。世間の評価をどう受けるか、など気にしない。ただ突き進む。自分でも、何で突き進んでいるのか、わからねえ。しょうがない。ばかだから。

ばか(9)
諸君、おおいにばかになりたまえ。ばかだけが日本を救う。ばかだけが世界を変える。学校では、ばかの成り方など教えてくれない。ましてや大学ではね。ばかになるのは、人生のお祭り。即興で口をぱくぱく動かす。テストの紙なんて飛行機にして、おおいにばかになりましょう。



「悪」についての連続ツイート

あく(1)
カラオケで歌うデュエット曲といえば、Grateful Daysである。しかし女性パートを歌える人がなかなかいない(練習してね)。この中に、「オレは東京生まれヒップホップ育ち、悪そうなやつは、だいたいともだち」という歌詞がある。これ、ホントそうだね。

あく(2)
ぼくは公立中学校に行った。学校は荒れていた。Sがいつも煙草をふかして、紙切れや枯れ草に火を付けていた。卒業してしばらく経って、Sはどうした、と聞いたら、消防士になったと聞いた。つける側から消す側。よほど、火が好きだったのだろう。

あく(3)
ぼくは(申し訳ないが)勉強が抜群にできた。しかし、友だちには「不良」が多かった。あの頃、SやYが何で不良になったのか、ということを考えると、いわゆる勉強ができる「優等生」よりも、よほど強い生き方がそこにあったような気がする。社会と自分が、予定調和にならない。

あく(4)
勉強できるやつは、テストの点数さえよければ、自分の居場所についてそれ以上悩む必要がない。優等生のものたりなさは、そこに起因する。不良は、自分はこれからどうしようと、根源的な問いに直面する。そんな不良たちの方が、ぼくは気があった。だから、SやYと仲良くした。

あく(5)
時は流れ、ふと気付くと、いわゆる「悪」といわれる人たちに肩を持つ自分がいる。昨日のツイートでもあったけれど、小沢さん、海老蔵さん、堀江さん、上杉さん。なぜそうなっているのかと言えば、つまり、中学以来の、自分と社会の関係が予定調和ではない人たちへの共感。

あく(6)
予定調和はつまらん。強い逆風の中、がんばって立っている人の姿が好きだ。だから、天の邪鬼のように見えるけれど、社会からバッシングされる人が友だちだと思えるのだろう。批判されたナンボ。自分を安全圏に置いて人を批判する人ほど、つまらんものはない。

あく(7)
三年間学年一位のオレと、不良たちが友だちだった中学時代。女の子たちが言ってたよ。「もぎくん、女の子はね、わるいくらいの男の子の方が好きなのよ。」そりゃそうだろう。成績さえ良ければ予定調和の優等生よりも、悪の方が、自分の存在がなんなのかわからず震えてる。

あく(8)
日本の文化の中では、西洋の「悪」(evil)とは違う「悪」の感覚があった。歌舞伎を見ているとわかる。悪人が、いかに魅力的に描かれていることか。社会の既成の秩序と予定調和ではない、むき出しの生きるエネルギー。悪人の使い方を忘れた時、日本は衰退した。

あく(9)
予定調和な秀才ほどつまらんものはない。西洋でも、世に天才と言われた、アインシュタインやヴィトゲンシュタイン、ワイルドがいかに「悪」だったか調べると良い。日本の再生の道筋は、「悪」のエネルギーを取り戻すことにある。ホリエモン長野から出てきたらガンバレ。



「キャリア・パス」についての連続ツイート

キャパ(1)
ある人生の道筋(キャリア・パス)を設定すること自体は、大切なことである。たとえば、小学校の時から塾通いして、「有名」大学を目指す。そのようなキャリア・パス自体は、良いこともあるだろうし、否定すべきものではない。ある目的のために努力することは貴い。

キャパ(2)
あるキャリア・パスに適応できるのは、文脈を引き受けて機能する脳の大切な働きである。眼窩前頭皮質を含む回路が、求められていることを察知し、それに合わせた行動を生み出す。そのようなことができるのが「優等生」である。

キャパ(3)
自分自身が、あるいは自分の子どもが社会の中で認められたキャリア・パスに適応できる「優等生」になる。それはそれで良い。問題は、外れてしまった時のこと。すべてのシステムは、それに適応できる人だけでなく、適応できない人のことも考えて設計しなければ、意味がない。

キャパ(4)
物理学者のアルベルト・アインシュタインは、ドイツのギムナジウムの教育を受けた。厳格な、典型的な詰め込み教育。アインシュタインはドロップ・アウトして、ヨーロッパ中を放浪した。独自の思想に基づく「相対性理論」建設への道筋が始まったのである。

キャパ(5)
厳格なギムナジウム教育からドロップアウトしたアインシュタインが、人類の歴史を変える相対性理論をつくる。独創の天才を生み出すには、詰め込み教育のシステムをつくり、そこから逸脱する学生が出るのを待てばいい、という論も成り立つのである。

キャパ(6)
どんなキャリア・パスでも、完全ということはない。理想とされるキャリア・パスに適応し、「優等生」として幸せに暮らすのも一つの人生。一方、ドロップ・アウトしたからといって、人生が終わるわけではない。逸脱する人のことも含めて、制度を設計しなければならない。

キャパ(7)
日本の塾通い−>進学校−>有名大学−>大企業というキャリア・パスは、すでに問題を噴出させているが、それ以前に、すべての制度は、そこから逸脱する自由を許容するし、また人生は制度よりも広いということを認識しておく必要がある。

キャパ(8)
入試に落ちたら、どうするか。会社に入れなかったら、どうするか。その時の覚悟、工夫さえしておけば、人生は大丈夫である。システムから逸脱する時に、初めて真価が問われる。システムはどんなものでもどうせ横暴なのだから、そこへの適応を、マジメに考えない方が良い。


キャパ(9)
ギムナジウムからドロップ・アウトしてヨーロッパ中を放浪したアインシュタインの理論は、世界を変えた。一方、当時のエリート教育に適応した秀才たちのことは、誰も知らない。システムへの埋没は、人を無個性にする。そのことは、世界のあらゆる文化、時代に変わらない。

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