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カナダでスノーボードとコーチング

カナダコーチング学から学んだこと、現場でのコーチング経験を通して感じたこと、そしてスノーボードあれこれについて発信していきます。

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プロフィール

高石周(Shu)

Author:高石周(Shu)
カナダ(ウィスラー)でスノーボードコーチとして活動しています。
主にコーチングとスノーボードについて自分が学び感じたこと、またウィスラーの現地情報を発信していきます。
子供の育成に関連した情報もアップしていきます。


[スポンサー/所属]
 
・VOLKL スノーボード
・FLUX バインディング
・CROSS5 スノーボードブーツ
・WEST BEACH スノーボードウェア
・Whistler Gymnastics
・Whistler Youth Soccer Club


[資格]

* スノーボード
- CSCP Basic Coach
- CSCP Comp Intro Coach
- CSCP Comp Dev Coach
- CASI Level 2 Instructor
- Canada~Snowboard Judges Level 1 Officials

* スポーツ心理
- NSCA Exercise and Sports Psychology

* ジムナスティック(体操)
- NCCP Gymnastics Foundations Part 2 Theory
- NCCP Gymnastics Foundations Part 3 Artistic
- NCCP Gymnastics Foundation Part 3 Trampoline

* NCCP(ナショナルコーチングサーティフィケイトプログラム)
- Part A
- Part B
- Make Ethical Decisions

* サッカー
- NCCP Soccer Community Coach Children
- NCCP Soccer Community Coach Youth

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2014.05
14
少し前にスポーツニュースのコラムに掲載されていた記事です。
引退したスポーツ選手の次の道はそんなに厳しいものなのでしょうか?




またもや、元スポーツ選手の犯罪だ。
 21日、警視庁組織犯罪対策5課は覚醒剤取締法違反の疑いで元Jリーガーの後藤純二(42)を逮捕した。密売人から覚醒剤を購入し、知人の歯科医(同容疑で逮捕)に、0.2グラムを1万円で販売していた。

 後藤容疑者は94~96年に京都パープルサンガ(現京都サンガFC)に所属。J1では96年の開幕戦1試合のみの出場だった。引退後はサッカー教室のコーチなどをしており、03年にも同容疑で逮捕されている。

 この1年だけみても、引退した野球、サッカー選手の犯罪や事件が相次いでいる。去る12日には、06年希望枠で日本ハムに入団し今年から二軍マネジャーを務めていた宮本賢(29)が強姦容疑などで逮捕。10月にはサッカー元日本代表の前園真聖(40)が暴行容疑で、7月にも同じく元日本代表の奥大介(37)が女房への脅迫で逮捕されている。「元プロ野球選手」「元Jリーガー」が事件を起こせば一般人に比べて大きく報じられるものだが、それにしてもちょっと異常だ。

 スポーツライターの工藤健策氏は「後藤の件はJリーグ全体が抱える問題でもある」と言ってこう続ける。

「Jリーガーはプロ野球選手に比べて年俸が低く、選手生命も短い。例えば、引退後に飲食店を開きたくても貯金すらないケースもある。プロ野球ならば高校時代の先輩のツテで再就職ということもあるが、サッカーは野球ほど上下関係が厳しくない分、先輩後輩のつながりも薄い。J1とJ2を合わせて40ものクラブチームがあるので、JFA(日本サッカー協会)のセカンドキャリア支援も追いつかない。クラブチームを減らすなどの対策を練らないと、犯罪に走る選手がまた出てくるでしょう」

 あるプロ野球の編成担当は野球選手の引退後についてこう話す。
「子供の頃から野球一筋で、数万人という観客の前でプレーし、周囲からチヤホヤされる。生活や付き合いもハデになり、そんな生活が当たり前になる。20歳そこそこで銀座の高級クラブに連れていかれておかしくなったのもいる。それが、現役を離れるとファンやタニマチは離れていく。収入だって激減です。そのギャップから鬱屈したものをため込む。プライドが高く、社会に馴染めず、自己崩壊した選手は少なくない」

 88年にパ最多の204奪三振を記録し、球宴にも出場した元ロッテ投手の小川博は04年、女性から現金を奪い荒川に投げ込み水死させた。「普通の人」になってからも派手な生活から抜け出せなかったのも一因だ。

 引退した選手に寒い冬がやってくる。




こういう元プロスポーツ選手は一握りの人であると思いますが、しかし引退後にゼロから何か新しいことを始めなければいけない、またはその世界でしか生きれないという状況はよくある話のようですね。
生存競争の激しいプロの世界に入っていくには、結局子供のころからそのスポーツを専門的にやってきた選手が優位であるのは事実です。
スポーツにおいて技術を身につける最適の時期はゴールデンエイジという小学校中学年から高学年にかけた年代です。
この運動神経が鋭い「即座の習得」可能な時期に一気に技術を習得させると、脳、体は一生その運動を忘れません。
だから(子供の「やる気」もありますが)子供に一つのスポーツを集中的に、周囲の大人が躍起になってやらせたりするわけですね。
「今やらせておかないと」とか「競争から置いて行かれる」とか「子のこの才能なら輝かしい未来が待ってるかも。。」と考えてしまいます。

しかし運動センスだけゴールデンエイジという時期があるわけではありません。
実は脳内の神経は生まれてから20歳になるまでに互いに結びつくことを終えてしまうんだそうです。
10歳までにかなりの範囲の脳内神経が新しいつながりを終えるとNHKスペシャルで見ました。
こういう時期にスポーツにのみ集中的に興味を持たせ、時間も費やした場合、引退後に何か新しい道を歩むことに苦労するのではないかと思いますね。

ということで、やはりこういう子供の総合的な育成は保護者のみができることですから、保護者としては「文武両道」に妥協しない忍耐力が必要と思うのです。
スポーツを長く続けるには、思考力の高さも欠かせません。
脳を育てておくことで、その才能の生かし方も多岐に広がるはずです。
戦国時代でも、その野生的な肉体的強さは生き抜くのに大変有利であり重宝されたはずですが、武士の世界でも勉学は軽んじられていません。
現代社会では、むしろ脳を鍛えたものが野生的な肉体の強さを持つものより生存競争に勝ち抜く世界です。
今回のコラムの記事に出てきた元プロスポーツ選手は、引退後に脳を使った生存手段を選んでいません。
子供時代にどんな道徳教育を受けたかも関係すると思いますが、脳を使えるように育成しておくことで、より多くの生き抜く手段を持つことになります。
子供も大好きなスポーツや遊びもあるでしょうが、勉学に最低限の時間を費やすことも保護者として「こぴっと」確保させたいものですね。
すでに引退しました、またもう引退することを考えている人は、とにかく日々勉強を続けることをお勧めします!

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2014.04
24
【世界を目指す取り組み】について

福岡県がスポーツエリート育成教育を行っていてそのナビゲーターの仕事でインタビューを受けてきた。
合い言葉は”福岡から世界へ”


はじめは所謂エリートを作ってメダリストを、というありきたりな取り組みかと思ったけれど、中を見ると、選手達に様々な競技を体験してもらい、AからDまでの評価を下し、最終的に選手に決断させる。好きだけど向いてないと言われた子、頑張ったけどけがで断念した子。様々だった。

世界という高みを目標に置くと起こる事が三つある。

1、選択肢が狭まる
2、戦略的になる
3、多くの人は夢叶わず終わる

例えば日本選手権に出るというような夢であれば才能がある子は選択肢がたくさんあるけれど、世界で勝負となると向いてるものを選ぶしか無い。

例えば世界一になるというのが夢の人が10000人いれば、9999人の夢は叶わない。
高みを目指すというのは宝くじを買うようなものでかなりの確率で当初の夢は叶わない。
頂点を狙う世界は、夢が叶わないのが当たり前の世界。

好きな種目を選ぶのか、勝てる種目を選ぶのか。
種目で悩んでいるように見えて、本当に悩んでいるのは一番大事なものは何かという事。
勝ちたいのか好きな事をやりたいのか。
ほどほどの夢では両立する事が、頂点を目指す時両立しなくなる事がある。

【終わり】
怪我で夢叶わず終わった子もいる。
インタビューで”苦しかったけれど、最後は自分で選んだ事だから納得できた”と言っていた。
自らの意志で選択をすれば、その責任を自分で負う事になる。
子供達の目が大人以上に覚悟を持っていた事が印象的だった。

純粋に高みを目指せば実は選択の悩みは少ない





多くの保護者の方が大なり小なり、子供の将来を考えて悩むことですね。
これはスポーツだけの話ではなく、ほとんどの子供が歩むであろう道にある難しい話ですよね。

今回の帰国でも、数件の同じ状況の保護者の方とその息子さんに会ってきました。
子供たちは何の疑いもなく、スノーボード競技に夢中に取り組んでいました。
高みを目指すという思考も持っているでしょうが、それ以上に好きなことに夢中になっていることで充実している感じです。

為末さんが書かれるように、確かに世界一になることと、地区大会で優勝するということに違いはあると思います。
ただ私は保護者目線で見たときにこのように考えることができると思いました。

現在勉強中の本に書かれていることです。

● ネガティブな思考を選ばず、ポジティブな思考(感情)を選択する
● 目標を持つ
● 目の前にある一つのことに集中する


今回の話に沿う3つのポイントだけ挙げてみました。
これらはいくつかのメンタルコントロールに関する本に共通して書かれていることです。
単純に言うと、これらの要素は人間としてこの世を幸せに生きていくうえで大変重要だそうです。


「ネガティブな思考を選ばず、ポジティブな思考(感情)を選択する」

まずこの2つの思考(感情)がどのような結果を生み出すか?その差は皆さんの経験からも想像いただけると思います。
ネガティブでも良い結果が出たこともあるかもしれませんが、それは心身ともに緊張状態がずっと続くので非常に疲労感が伴っていたはずですし、つまり無理をしていたはずです。
そしてポジティブな場合での方が平均的に見て大いに良い結果を出してきたはずです。
ポジティブな状態では心身がリラックス状態で体も心もより自然な活動を可能にします。
そしてその後の爽快感は結果が望んだものでなくとも、十分幸福感を得ることになり、さらに次のステップへのパワーにもなります。
日々の生活の中で様々な場面に出くわし、その都度この2つの思考(感情)のどちらかを選択するができます。
しかしほとんどの人はこれを過去の経験からくる「自然な反応」に気づかぬうちに任せてしまっています。
どっちを選んでも良いのに、勝手な反応に任せているからネガティブな感情を選択して苦労していることが多くないでしょうか?
子供たちが何かに夢中に取り組んでいるとき、ほとんどの場合「やりたい!楽しい!」という自発的なポジティブ思考(感情)状態にあります。
この時間が多いほど子供たちがポジティブでいる時間は長くなり、たとえばスポーツを通して様々な状況での感情的な反応がポジティブを選択するようになると考えられませんか?
まずは「打ち込むこと」で得る良いポイントがこれです。


「目標を持つ」

人は誰でも「与えられた人生をよりよく生きてまっとうしたい」と思っているはずです。
では「よりよい人生」とはどんな人生なのか?
このイメージがなければ、その人生はただ毎日をギャンブルのように成り行きに任せて生きるほかありません。
そしてこのイメージが明確であるほど、人はそのようにものを考え行動し始めます。
どんな目標を持とうが、自分の納得した目標に近づいていく過程は充実しているはずです。
目標は好きなこと、得意なこと、社会の役に立てること、というのがポイントのようです。
自分が自分らしい状態を保てる「場所」で次から次へとイメージしたことが現実化していく過程。
これは間違いなく「与えられた人生をよりよく生きる」ということではないでしょうか。
子供がどんなことをやっていようが、そこに自分の「場所」を持っているものであれば、またずっとそこに生き続ける力があったら、強くそして幸せな人生になります。
世界一、地区大会優勝、なんでも良いではないですか。
本人が自分の「場所」を見つけ、そこで小さくても目標を持ってそれに突き進む。
それが叶わなくても次の場所を見つけて、そこに目標を作れる子に育てば、その子は強く幸せな人生を送るのではないでしょうか。
保護者ができることは、子供の居場所を見つける手伝いをすることであり、そこに目標を持つようにアドバイスをしてあげることと思います。


「目の前にある一つのことに集中する」

人は過去を振り返ったり、未来を予測します。
それは人間の進化の過程で、生き抜くために備わった自然なアクションだそうです。
しかしながら現代社会においては、これらは過度に行われるようになり、かえって人間のより自然な生き方の妨げとなっています。
過去を振り返るときは感情も乗せて、良かった出来事には必要以上に浸り、悪かった出来事にはより深く捕らわれ前に進むことができなくなる。
未来を予測する場合、夢のような願望を、他人事をテレビ画面で見るようにただ憧れます。
そして肝心の「今」起こっていること、やるべきことには集中しきれない。やり通せない。中途半端に終わる。
またはまだ起こってもないことを、勝手にネガティブに想像して不安や恐怖を感じる。
それによって何も行動できなくなる。
つまり「今」すべきことも正しいのか間違ってるのか疑いはじめ、中途半端な結果になる。
よく聞く話ではないでしょうか。
しかし何かに打ち込んでいる子供たちには、まだ大人ほどの経験がないために、さほど過去や未来を深く探りません。
良い意味では与えられた「今」やるべきことを無駄なくこなすので、無駄なことを考えませんし集中しています。
迷いがない生き方は幸せですし、そういう集中状態は潜在意識の中に記憶させるべきと思います。
夢中になっている子供は、時間が許す限り、迷惑にならない範囲で、できるだけそのまま続けさせたいですね。
しかしながら生き抜くためには過去から学ばねばなりませんし、未来を予測できなければいけません。
過去に感情は持ち込まず、他人事のように参考にさせてもらい、未来にはポジティブな感情を乗せて、実際にそれが起こるという超現実的なイメージを作ることが大切なようですよ。
どんなレベルを目指そうと、一生懸命、夢中になっている子供には、必ず「目の前にある一つのことに集中する」という状態が起こっています。
この経験が長いほど、その後の人生にいい影響を及ぼすわけです。




親としての究極の願いは「子供が一人でも強くこの世を生き抜き、そして幸せになること」ではないでしょうか?
結果ばかりを心配し、周囲も結果に大きく反応しますが、子供の一番のコーチである保護者は、もっともっと長いスパンで今の彼らを見たいものです。
どんなレベルを目指そうが、どんな結果を出そうが、そこまでの過程で得ることが見えたなら、保護者はそれを大いに活用し、子供にそのスキルの使い方を一般社会の中で教えてあげましょう。
そしてその子供たちは大いにその後の人生を強く幸せに生きることになると思います。

多くの才能を持った子供たちが、親と共に一つのことに可能性を見て没頭します。
好きなことと、才能が見いだせるものは必ずしも一致しませんが、親と一緒に自分で決めたことに突き進めることは大変幸せなことですよね。
懸念されることは、そのままその世界でしか生きれなくなる人間ができあがることです。
実際に引退後のスポーツ選手が社会に適応できずに苦しむケースは非常に多いようです。
本来それぞれの人間(子供)にはもっと多くの可能性、才能が与えられているはずです。
一つのことをやり通しても、その中で人生を強く生き抜くスキルを身につければ、その後の人生に応用をきかせられます。
仮に25歳まで一つのことに打ち込んで、その時点で次の人生を歩むことになったとしたら、その時彼らが人生をタフに生き抜く力を備えているのか?
そこが何より重視されるべきと思います。
技術やら戦略やらは専門家に任せ、保護者はもっと長期的な目線を持ったライフコーチとして子供をマネージしたいものですね。
2014.02
04
為末大さんのTwitterより。
よくある話で、オリンピックが近いだけに気になる話です。


【フィクション化する教育】について

過激な描写は子供達に悪影響があるとして、はだしのゲンが閲覧禁止になったというニュースを見た。調べてみると違う理由もありそうではあったけれど、このニュースを見てから子供達をどういう世界で育てるべきかを考えている。

”あの子がオリンピアンになれないのは私にもわかる。問題はいつそれを気づかせるべきか、それを悩むんです”そうアメリカで練習している時に言われた事がある。最初は自分もスターになれると夢を見る。でも、ある日それは自分じゃなかったとわかる日が来る。それはどの年齢あたりが一番いいのか。

”夢は叶う。努力は報われる”がフィクションである事は大人なら誰でもわかる。でも、そう考えた方がいい時期が人生にもある。問題はその時期が長過ぎると、努力したのに夢が叶わないなんて社会がおかしいと言い始める人がいる事。

きれいで安全な世界を見せてあげたい、そこで育てて上げたいという大人の思いはあるかもしれないけれど、それはフィクションなんだよといつか教える時期が無いと現実社会で生きていけない人が出てくる。安全なところでしか生きていけなくなる事が一番危険。

突き詰めれば国も法律も平等も正義も安全も権利も全部フィクションで、人間が取り繕ったもの。本当は人間界の外のように自然淘汰が繰り返されている世界なのだけど、それをなんとか私達の思うよい社会に整えようとしている。

【終わり】教育に本当に必要なのはお花畑でしか生きていけない人と作るのではなく、泥中に花を見つける人、泥中で花を咲かせようとする人を作る事ではないか。

成功するから努力しなさいという取引の感覚で努力を教えすぎているのも問題だと思っています。本当は取引が成立しないと知った途端努力できなくなる。

継続できる努力には、報われなくても構わない、という所がある。





まず、子供たちの次から次へと「目標、チャレンジ、やりたいこと」に取り組むメンタリティーを養うために、あまりに早く現実を教えたり、失敗経験を繰り返し経験させることは好ましくないと思います。
現実を教える前に、子供たちにはいろんな成功体験をいろんな場面で経験させておくことが重要だと思うんです。
自分たちの今後の人生の中で、そのポジティブなイメージを持つ習慣は、子供のうちに習得しておくことで、大人になってもそれが自然な反応として常に現れるようになるからです。
ネガティブな状況下でネガティブなイメージ、思考、言葉、行動が連鎖しないことがとても重要で、この成功体験の積み重ねは、大人になって意識しなくてもポジティブイメージを描くスイッチとなっていくのです。

為末さんの言う、現実を教えないまま大人になって、そして現実社会で生きていけなくなる人が出ると言うことも、あまりに一つに集中して人生の時間を費やしてきた場合に起こる問題であると考えます。
もしその人が子供の頃から、また大人になっても、自分のアイデンティティーを感じられる他の場所、好きなものを多く持っているほど、その人はまだまだ現実社会で生きる場所を得ることができると思います。

為末さんが言うように、この世が自然淘汰の世界であったり、流動的な不条理な世界であることはいずれ気付かねばなりません。
ただし、それでもこの世を生き抜くメンタリティーを持っていなければ、遅かれ早かれその人の人生はただこの世に振り回されるだけの人生になるわけです。
この世を生き抜くメンタリティーとは、例えば「ポジティブな思考」であったり、「あきらめない思考」でしょう。
生き抜くためのモチベーションは、あくまで本人の中で強いイメージとして養われないと、外側に効果として現れません。
周囲の大人はそのモチベーションを持たせるサポートはできますが、根本的に変えることはできません。

現実を教えることは過酷な仕事ではありますが、例えば今取り組んでいることへの限界を教えるのではなく、他の道でのポジティブな可能性を教えてあげることであれば、もしかしたらその人はメンタル的なパワーを失うことなく次へ移行できるかもしれないですね。
こういったほかの可能性をイメージさせることは、早い時期から始めるのが好ましいと思います。
一つのことにだけ長く集中してきた人が、いきなり全く違う道の選択を進められても、その先をイメージすることは容易にできません。
人はイメージなくして行動はできないのです。
そして人生はできないことの連続です。
そのできないこと一つ一つを結果として捕らえるのではなく、軌道修正する為の機会であると気付けることが大切と思います。

努力しても結果が出ないことは当然たくさんあるわけです。
この場面での軌道修正とは様々なものがあります。

● 努力の内容に変更が必要だ(練習内容、計画性。。。)
● 環境を変えることが必要だ(場所、チーム、仲間。。。)
● 同じフィールドでも、違う立ち位置なら活躍できそうだ(種目を変える、ポジションを変える、選手からコーチ。。。)

こういったことはもちろん自分ひとりでできるようにはならないでしょう。
だから様々なポジティブな成功イメージを持つように子供の頃から大人がサポートしてあげることが大切なのです。




自分の子供たちのことを考えてみました。

「こういう時期は自分の子供たちにもいずれ来ること」を親として理解しながら、どのように子供に接するか。
私はこのようにやっていきたいと考えます。

長男は学校での勉強が非常に得意です。
しかし彼の大好きなことはサッカーです。
運動センスにおいてはお世辞にも優れていると言えません。
この場合、明らかに彼は思春期(15歳)ころにある程度の決断はしないといけないでしょう。

逆に次男はあまり勉強が得意ではないですが、大好きなサッカーにおいては才能を見せています。
彼は環境が整っていたら、もしかしたらかなり長くサッカー一筋の人生を送れるかもしれません。
しかしながら、いずれ訪れるであろう「現実を理解すべき時」。
これが先延ばしになるほど、彼の新しい道のスタートも遅れていきます。

私ができるだけやっていることは、子供の才能を見出せるよう、日々観察し続けること。
将来的に人間として素晴らしい人生を送りたければ、「好きなこと、得意なこと、社会に必要とされること」。
この3つがすべて満たされる人生であれば、どんなに幸せでしょう。
ここに現実を見なければいけないときのヒントがあります。

私は世間の保護者の方と同じで、子供たちには好きなことはずっと続けてほしいと思っています。
いずれ訪れる「現実を理解すべき時」に、「よくがんばったね。あきらめるしかないね。」とは言うつもりはありません。
為末さんが言っていたレベルとは比較できない話ですが。
私は子供たちに好きなことの中に、自分の得意なこと、つまり才能を生かせる場を探して続けてほしいと思ってます。
子供たちは自分のどこに才能があるか?ということについてはほとんど理解していません。

参考までに、過去に読んだリサーチや本によれば、周囲が「君は○○○が上手だねえ~」なんていうことに対して「そうか、自分はこれが上手なんだ」と反応しながら、それが得意な自分を演じていくのだそうです。
逆に言うと、周囲の対応によって「才能」を作ることもできるそうです。

それはさておき、一番身近にいる保護者が子供の才能を垣間見たら、すぐさま褒めて子ども自身にそれを認識させること。
これがとても大切と考えます。
なんでも良いので、子供たちが上手にできたことを即座に褒める。
子供たちが「○○○できたんだよ~!」なんて言ってきたら、必ず目を見て笑顔で「それはすごい!!」と言ってあげます。
こんなことを繰り返すだけで、子供たちは上記したように良い方向に演じ始めるのです。
私ができているとは言いませんが、日々そうするよう意識しています。

大まかですが、子供たちは12歳、15歳、18歳あたりで心理的な変化が起こります。
それは受身学習していた子供たちが、どんどん物事を自分で考え行動しようとしていくからです。
自分で自分のことを考えることができるようになるということは、自分の進路も自分で決めたくなるということです。
その時に、彼らも自分の「好きなこと、得意なこと、社会の役に立つこと」などを基準に悩むわけです。
思春期になれば、自分で物事を決めたいと強く思ってますから、大人の言うことをそのまま受け入れるようなことはできません。
ですから、この時期までに子供の可能性を広げておくため、言うことを聞かなくなる前に保護者はある程度子供の才能を育てておくことが重要です。
才能を育てるとはつまり、できるだけ多くの「好きなこと、得意なこと」を持たせるということです。

例えば私の長男が15歳で「現実を理解すべき時」に面しとき、彼に多くの「好きなこと、得意なこと」が存在すれば、彼はその時点で絶望することはないでしょう。
まだまだ彼が自分をアピールできる場があるということであり、それは精神的に多くの逃げ場があるということです。
それに気付くには当然周囲の言葉が必要です。
それは保護者であり、指導者でしょう。

大人は子供に限界が見えても、「これ以上続けても無理だ。あきらめよう。」という伝え方をしてはいけません。
これはその先がない、つまりそこから前に進むことはできない、という未来を否定するものです。
「そろそろこっちの道も進めてみないか?」という、次の進む先を与えてあげることが、最良の対応であると考えます。
ですから情熱を傾けてきたことを止める必要もないし、ずっと楽しみ続けると思うんです。


もうオリンピックが始まりますね。
選手たちはメダルが取れるか取れないかは関係なく、この世界最大級のビッグイベントの後はこの先の人生の歩み方を再考することになります。
アスリートの次の人生。
私はずっと応援して行きたいと思います。
2013.10
08
今回はあるきっかけで見つけた理論をご紹介します。
以下は「Life Work Mind」さんのサイトよりお借りしました。

アメリカ、スタンフォード大学の心理学教授「ジョン・クランボルツ」氏が研究し提言した「計画された偶発性理論」(Planned Happenstance Theory)です。

● キャリア(または人生)は不確実である
● その8割は予期せぬ 偶然の出来事によって支配(影響)される
● だからこそ、その偶然から逃げるのはなく 積極的につくり出し、その偶然の出来事を最大限利用しよう
● より積極的な対応を積み重ねることによってステップアップできる

という理論だそうです。


私なりにこんな風に解釈しました。

人生は常に、考えもしなかった「偶然の出来事」に強く影響を受け続けていて、それを避けることはできない。
そして物事を計画通りに進めようとしても、その偶然の出来事は必ず現れる。
それを「立ちはだかる壁」と捉えるか、物事を新しい方向に一気に進めてくれる「チャンス」と捉えるか、それはその人次第。
しかしこの偶然の出来事に積極的に対応していくことで、人はどんどん成長していく。

私も以前ブログでもこのように書いています。

『この世は「不条理」であり、状況は刻一刻と変化しながら、少し前の常識は通用しなくなります。
同じように自分の感覚も日々変化し、以前のできたときの感覚は少し先の未来では通用しなかったりします。
この世のすべてが流動的に複雑に変化し続け、そしてそんな法則性の無い物同志が複雑に絡み続ける限り、この世のほとんどの事柄に「確実」とういう言葉は当てはまりません。
むしろ計算通りにいった事柄の多くは「偶然」と言えるかもしれません。
人間はそれでも、そんな「不確実」に振り回されないように「法則」を見つけようと一生懸命に生きます。』

以前紹介した立花隆さんの言葉です。

「人生というのは、いつでも予期せぬことに満ち満ちている。計画など立てたところで、計画通りの人生など生きられるはずがないのである。もし自分の計画通りの人生を生きた人がいるとしたら、それはたぶん、つまらない人生を生きた人なのだ…(略)」

以下のブログ記事でも似たようなことが書いてありますので読んでみてください。

「ひらめき」や「チャンス」は偶然の産物?


ただし私は立花隆さんのように、完全に「計画というものを否定する」ことはできません。
立花さんのように自分の好奇心に従って前進を続けられる人は、その好奇心が幅広く、そしてそれへの集中力と行動力が非常に高い人であることは最低条件です。
例えば茂木健一郎さんや秋元康さんはこれに当てはまると思います。
しかしそれを継続的に保ち続ける人というのは、一般的には希少ではないでしょうか。

私はそんなパワーは持っていません。
ではどうしたらこの偶然の出来事をより多く積極的に活用できるようになるのか?

私のような人間はこのように考えます。
まず「何がやりたいのか?どうなりたいのか?どう成長したいのか?」
これを明確にする必要があります。
これを明確化することで、偶然の出来事の中から自分に有益なものを判別するセンサーが備えられることになります。
立花隆さんなどは、この辺が何もしなくても非常に明確だから、次々と現れる偶然の出来事を次から次へと有益なものだけ判別して、偶然の出来事を「チャンス」としてしまうのでしょう。

明確化していない状態で偶然の出来事がどんどん現れたら?
どれがチャンスでどれが無駄なことなのか判別が付かず、あちこち手を出して成功したり失敗したりと、まるでギャンブルになるんだろうと想像できます。
こういう人が悪く開き直ると、人生を「運任せ」にしてしまいます。
だから私のような人間はまず「何がやりたいのか?どうなりたいのか?どう成長したいのか?」を明確化することが最優先になるわけです。

予期せぬ偶然の出来事を避けられないのであれば、完全に人生を計画通りにコントロールすることなど不可能です。
ただし、その計画から外れないようにすることはできますし、むしろ上手く利用することができます。
偶然の出来事がやってくるまでは、とにかく計画通りに行動し、偶然の出来事が現れた時は、それが自分の「何がやりたいのか?どうなりたいのか?どう成長したいのか?」に沿っているか判別する。
そしてそれが「有益である」と判断した場合は、これを積極的に利用して一気に前進する。
いかがでしょう?

この偶然の出来事に上手に対処する方法がもっと分かりやすく解説されているのでご紹介しましょう。
偶然を味方につけるためには、次の五つの心構えが大切とのことです。

① 好奇心(Curiosity)
自分の専門分野や関心のあることだけでなく、いろいろな分野に視野を広げ、関心を持つことで、偶然の出来事(チャンス)を見つける機会も増える。
正に立花さんや茂木さんのような方ですね。

② 持続性(Persistence)
最初はうまくいかなくても粘り強く続けることで、偶然の出来事、出会いが起こり、新たな展開が得られる可能性が増える。
「何がやりたいのか?どうなりたいのか?どう成長したいのか?」が明確であれば、やるべきことと無駄なことは明確です。
好きなことであれば続けるのは自然なことです。

③ 楽観性(Optimism)
意に沿わないアクシデントや逆境なども、「なんとかなるさ」と考え、ネガティブな心理にとらわれない。
「自分が成長する機会になる」とポジティブにとらえることでキャリアを広げられる。
「何がやりたいのか?どうなりたいのか?どう成長したいのか?」
これを実現するためには、失敗してそれを軌道修正に利用しないといけません。
失敗のない成功などあり得ないのです。
人生は軌道修正の繰り返しです。
失敗が起こる度にネガティブになっていても無意味です。

④ 柔軟性(Flexibility)
状況は常に変化するもの。
一度決めたことでも状況によって柔軟に対応することでチャンスをつかむことができる。
計画は自分の「何がやりたいのか?どうなりたいのか?どう成長したいのか?」を明確化することを助けるツールです。
同時に偶然の出来事を避けることはできません。
柔軟な思考を持って、冷静にその偶然の出来事から「有益なもの」と「無駄なもの」を判別できれば良いのです。

⑤ 冒険心(Risk Taking)
チャレンジすること。
未知なことへのチャレンジには、失敗やうまくいかないことが起きるのは当たり前。
積極的にリスクをとることでチャンスを得られる。
偶然の出来事には、利用すべき有益なものが必ずあります。
それに対して未知の恐怖心を抱くかもしれません。
しかし、人生には失敗という軌道修正は必要なのです。
冷静に判別し、有益であると判断したら覚悟してそのチャレンジを楽しみましょう!



以下は調べていて知った名言です。
かのジョンレノンも歌詞に使ったという有名な言葉だそうですよ。

Life is what happens to us while we are making other plans. / Allen Saunders
  「人生とは、何かを計画している時に起きてしまう別の出来事」



<スポーツで頑張る人へ>

スノーボーダー(スポーツ選手)でも、練習中や本番中に何度も予期せぬ出来事に出会うでしょう。
例えば、なかなか上手く行かないことは良くあるわけですが、そこで陥るネガティブな思考は、明らかに無駄なものです。
このとき有益なものは、失敗から得る分析結果です。
日々変わり続ける感覚と環境に、パフォーマンスを調整しながら向上するには、失敗は付き物ですからね。
またたまたま掴んだ良い感覚は、その時にどんどん実践して身に付けてしまいましょう。
例えその日の計画がずれてしまうようでもです。
わくわくしながら未来の「なりたい自分」像をイメージし、継続しましょう。
そして日々少しのチャレンジも忘れていけませんよ。
そこに新しい「偶然の出来事」が現るのですから、これを逃してはいけないのです!

また長期から短期の「目標(ゴールセッティング)」を設定することが、やはり重要であることも理解いただいたと思います。
現在の「理想の自己イメージ」を書き出して、それを演じる。
そしてその自己イメージに沿った行動をとり、その上で「未来のなりたい自分」を書き出し理解する。
「なりたい自分」が「やりたいこと」はたくさんあるはずで、それを日々どんどん書き出して、それを自分の長期スケジュールにどんどん書き込んでいく。
そうするとどんどん皆さんの今後歩むべき道ができあがっていくのです。
ここまで行けばもう「偶然の出来事」から無駄なものと有益なものを見分けることができるようになっているはずです。
状況が変わって目指していたところに行けないと分かってきても、ここまで書き出してきた「やりたいこと」はまだまだあるし、それを次から次へとこなしていく内に、また「偶然の出来事」は必ず現れます。
その「偶然の出来事」が面白い!と思ったら、そこに積極的に関わってさらに幅を広げて「やりたいこと」を増やしていけば良いのです。
そしてそれらがどんどん皆さんの可能性を広げていくことでしょう。


<保護者、指導者の方へ>

まずは子供たちに「何がやりたいのか?どうなりたいのか?どう成長したいのか?」。
これを時間を掛けて明確化することを手伝ってあげてください。
個人差があって、個々でこれが早い時期に明確化する子もいますが、20台半ばになっても迷いの中にいる人もいます。
早い時期に明確化できる子は、明らかに「自己イメージ」がポジティブで自信を持っているはずです。
自信を持っている子供は、十分な愛情のある家庭で育ち、日々の些細なできごとでも褒められた経験を多く持っていることでしょう。
子供の興味を尊重してあげてください。
彼らはその過程でどんどんと新しいことを学んでいます。
あらゆることに興味を示し「集中力のない子供だ」などと思うかもしれません。
しかし彼らは常に模索しているのです。
その中から「何がやりたいのか?どうなりたいのか?どう成長したいのか?」をいつか見つけることでしょう。
大人であれば知っていると思いますが、楽な人生などありません。
それを知っていれば「好きなこと、得意なこと、社会の役に立つこと」に個々の集中力を注ぐことは、非常に効率の良いことと思いませんか?
そしてそれが人生で避けることのできない「偶然の出来事」をも、有益に利用して大きくステップアップする大きな力となっていくのです。
子供を支える周囲の人間も、この「偶然の出来事」が及ぼす大きな影響を理解して子供の育成に尽力を注いでいただきたいと思います。


2013.09
30
情熱がなければ、人は単なる潜在力と可能性にすぎない。
(スイス哲学者: Henri Frederic Amiel)

例えば、ものすごい田舎で農業を営む家族がいて、そこのお母さんは違う町からお見合いでそこに嫁ぐことになって数十年過ごしているとします。
このお母さんが現代社会に生まれていたら、より自由な人生が可能で、つまり自分の才能を見出し、そしてそれに見合った環境に生きていたら。。。
もしかしたらすごい起業家になってたり?

情熱は基本的に自分の好きなことや得意なことに沿って行動しているときに出てくるものではないでしょうか。
また達成感を味わいたいという欲求がそうさせるかもしれませんね。
皆さんは情熱を持って何かに取り組んだことはありますか?
やはりそれは好きなことや得意なことでしたか?

何かを始めようとするときに一気に行動を起こしても、最後までやり切れない、続かないこともありますよね。
これは情熱があると言えますかね?
おそらく情熱はあったと思います。
しかしこれが自身の「自己イメージ」に沿ったものでないと続かないんだそうです。
これは「Dr.Maxwell Maltz」の言葉です。

また「Dr.Maxwell Maltz」によると、情熱を持って取り組めることは、現在の「自己イメージ」に沿った未来の「なりたい自分」像に沿っていなければ、なにかをするにも努力や我慢が必要になるのだそうです。
人間は自己イメージと違った振る舞いには苦痛が伴うそうです。

逆に言うと、現在の「自己イメージ」に沿った未来の「なりたい自分」像に沿っている行動では、何のストレスもなく、むしろどんどんと3度の飯を食うようにことが進んでいくんだそうです。

皆さんは自身の潜在力と可能性を理解していますか?
疑っている人がほとんどではないかと思います。
当然自分も先日までその塊でした。
最近はこの「Dr.Maxwell Maltz」の本によってかなり自分を信じれるようになってきました。

というのは、適切なこうありたいと思う現在の「自己イメージ」を洗い出し、さらにそれに沿った未来の「なりたい自分」像とそのプランを書き出したことで、自分の情熱を向ける方向を洗い出せたからです。

最初に例で出したお母さんは、時代に沿った自己イメージを作り、そのイメージ通りの生活が人生を決定していると思いませんか?
このお母さんが時代に左右されずに本当に「なりたい自分」像を時間をかけて洗い出していたら、その行動は明らかに変わり、環境も変わったはずです。

では皆さんの現在やっていることは、本当に現在のこうありたいという「自己イメージ」に沿っていますか?
未来の「なりたい自分」像に沿っていますか?
または「なりたい自分」像をいイメージしたことはありますか?

人間誰にも潜在力や可能性はあると「Dr.Maxwell Maltz」は言っています。
現在の自分は自分が勝手に作った「自己イメージ」が作り出した思考と行動が導き出したものなのだそうです。
もし情熱を持てずに自分の潜在力と可能性を十分引き出していないと思うのであれば、それはおそらく現在の「自己イメージ」に沿った振る舞いをしていないからでしょうし、それ以前にネガティブな「自己イメージ」を作り上げている結果なのでしょう。

無理に情熱を引き出すことは出来なのです。
そこに完全にポジティブな、現在のこうありたいという「自己イメージ」がない限り、継続性のある情熱は生まれてきません。

大人が子供に、上司が部下に、指導者が選手に、自分自身で自分に、無理な情熱を持つように強要していないでしょうか?
もっと根本的なところを見てあげなければいけないことに気付いてほしいですね。

興味があればぜひ「潜在意識が答えを知っている!」読んでみてくださ~い。